原発は何が怖いの?
「今夜この会場に集まっている大人たちは、大ウソつきのええかっこしばっかりだ。
私はその顔を見に来たんだ。どんな顔をして来ているのかと。
今の大人たち、特にここにいる大人たちは農薬問題、ゴルフ場問題、原発問題、何かと言えば子どもたちのためにと言って、運動するふりばかりしている。
私は泊原発のすぐ近くの共和町に住んで、二四時間被曝している。
原子力発電所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子どもが生まれる確率が高いというのは、本を読んで知っている。
私も女の子です。
年頃になったら結婚もするでしょう。
私、子ども生んでも大丈夫なんですか?」
と、泣きながら三百人の大人たちに聞いているのです。でも、誰も答えてあげられない。
「原発がそんなに大変なものなら、今頃でなくて、なぜ最初に造るときに一生懸命反対してくれなかったのか。まして、ここに来ている大人たちは、二号機も造らせたじゃないのか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ」と。
ちょうど、泊原発の二号機が試運転に入った時だったんです。
「何で、今になってこういう集会しているのか分からない。私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止めている」と言う。
「二基目が出来て、今までの倍私は放射能を浴びている。でも私は北海道から逃げない」って、泣きながら訴えました。
私が「そういう悩みをお母さんや先生に話したことがあるの」と聞きましたら、「この会場には先生やお母さんも来ている、でも、話したことはない」と言います。 「女の子同志ではいつもその話をしている。結婚もできない、子どもも産めない」って。
大量の電力消費なんて考えられない遠く離れた北海道の過疎地の住人を“賄賂という札束”で言う事を聞かせ、原発を作った。
その原発の傍に住む、中学二年生の女の子が原発集会に出席し、勇気を振り絞って泣きながら我々大人たちに向かって発言している様子です。
http://www.iam-t.jp/HIRAI/page20.html
より転載
100万キロワットの原発一基(福島第一原発の六号機が110万キロワットです)を一年間運用すると、広島に落とされた原爆の1000発分の放射性廃棄物(放射能を持つゴミのこと。“死の灰”とも言われます)が作られます。
日本全国にある原発で換算すると年間50,000発分の“死の灰”が作りだされています、、、想像もつきませんが・・・。
放射能の半減期(放射能が半分になるまでに掛かる期間)は長いものでは数百万年掛かります。
ですから、焼け石に水なのかもしれませんが、少なくとも政府は、この放射性廃棄物を300年は管理すると言っています。
しかし、300年と言うのは思いのほか遠い未来です。
それは今から300年前を想像すれば分かりますが、かの“坂本龍馬”が生きていたのがたかだか150年前。
当時はまだ刀を挿した武士と呼ばれる人々が京都や江戸の町を闊歩していました。
例えばです。
当時の江戸幕府が決めたルールが、きちんと管理され現存しているでしょうか?
実際300年と言うとその倍以上の期間です。
本当に責任を持って、300年間もの間、国が管理する事が出来るのでしょうか?
別の例として、あのチェルノブイリでは、事故当時原発で働いていて被ばくした人々に対して、当時のソビエト連邦政府は「責任を持って生涯継続して補償をする」と宣言していました。
しかし、間もなくソ連という国は崩壊、当時の約束は完全に忘れ去られました。
NHKのテレビで観たのですが、事故当時原発勤務をしていた夫婦は、現在二人ともガンを発症しているものの、収入がないために病院にすら行けず、薬代すらままならず苦しみ続けている、、、と。
ちなみに日本では、この「死の灰」を管理すべく核(=放射能)廃棄処理施設と呼ばれる名前の通りを目的とした施設が、1993年から二兆円以上の費用を掛けて(当初計画では7,600億円)青森県六ケ所村に建設が“進められて”います。
しかし、既に20年近く経ちますが未だ実用の目途が立たず、単なる(核廃棄物の)ゴミ捨て場と化し、既にゴミ置き場が足りなくなって受け入れを拒否しているとのこと。
少しクドくなりました。
そう、この「死の灰」は正常な原発からも核廃棄処理施設からも継続的に漏れています。
そしてひとたび事故を起こせば、数十万人規模の健康を害し、広大な土地が廃墟となってしまうのはチェルノブイリの事故、そして、福島第一原発の事故を見ても明らかなのです。
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